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伝えない、その想い 5

Auteur: 花室 芽苳
last update Dernière mise à jour: 2025-11-11 22:22:00

 右手はそのままにゆっくりと起き上がると、ベッドの端に頭を乗せたままの姿勢で眠る梨ヶ瀬《なしがせ》さん。

 始めは器用に寝てるなと思ったが、梨ヶ瀬さんのその服装を見て驚いた。

 春先とはいえまだかなり寒いのに、彼は白いシャツ一枚しか着ていない。こんな格好で寝ていたら、絶対に風邪をひいてしまう。

「ちょっ、この人馬鹿なんじゃないの!?」

 私は慌てて、ベッドに置いていた予備の毛布を広げて梨ヶ瀬さんの背中にかける。これでもまだ寒いだろうが、さっきの状態よりはましなはず。

 それにしても……

「あれから帰らなかったんだ梨ヶ瀬さん、こんなとこで眠っちゃうまで……」

 昨日の夜ずっと誰かが傍にいてくれた、それは気のせいじゃなく。梨ヶ瀬さんの存在に安心して眠っていたんだって思うと、ちょっとだけ恥ずかしい気もしてくる。

 なんだかんだと私は、いつも梨ヶ瀬さんに甘やかされてしまってるんだって。

「そんな事ばかりしてると、そのうち相手をダメにしちゃいますよ?」

 私がそうだったように、相手の事が好きだからって何でもしてあげたいなんて。

 そんなの……ダメなんだって。

「……んん、麗奈《れな》、起きてたの?」

 目が覚めたのか、少しぼんやりとした声でそう聞いてくる梨ヶ瀬さんはちょっと可愛い。

 でも目はまだ開かないのか、その眉間にしわを寄せてていて。いつもなら絶対見れない表情に、なんだかおかしくなる。

「それは私のセリフです。なに眠っちゃってるんですか、私のベットの端で。それもこうやって、手なんか重ねて」

 さっさとどかして、というように手を動かしてみせたが梨ヶ瀬さんはその手を離そうとしない。半分寝ているような状態のくせに、力だけは強いままらしい。

 本当に面倒くさくて、しつこい人だなって思う。

 こんなに優しくして靡かないような平凡な女、さっさと見限って他の可愛い女性に目を向けるはずなのに。

 変な駆け引きをするのかと思えばストレートなアプローチに手を変えて、今では他の男性に嫉妬までしてくる。

「そうするように
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